火のない生活

 今日は出勤途中に突然、「古代ローマヌートリアヌスっていう名前の人がいたんじゃないか?」という気がしてきたので、仕事中はずっとヌートリアヌスさんの人柄とか生活について思いを馳せていた。なんかこう腕の立つパン職人だったような気がする。お店の常連からは「やっぱヌーさんの焼くパンは一味違うね」とか「このほんのりした塩味は誰にも真似できない」とか褒められて、でも会話が終わると店の奥に戻ってこっそりパン生地にハナクソを入れる。正直に言うとヌートリアヌスさんが実在したかどうかはさして重要な問題ではなく、さらに正直に言えば自分一人しかいない家の中で屁が漏れるくらいどうでもいいので別の話にする。ちなみに今使用した屁という言葉は何を隠そうアヌスを基とした発想だったのであるが、さらに屁から空想の翼を広げ、今回はガスについて書こうと思う。というか明らかに最初からそれが言いたかったんだけど、要はガスが止められててとんでもなく不便っつう話である。最初はガスごときと思ったけど伊達にライフラインとか呼ばれてないね。本当に不便。引っ越してから一度も公共料金を払ってなかったらガス会社が冷徹に任務を遂行したらしく問答無用で止められた。弱火しか使えないとかぬるま湯しか出ないとかそういう準備期間を置くべきだとガスの人に提案したい。融通が利かないにも程がある。いろんな意味で温かみがないね。やベー今うまいこと言った。でもやっぱりガスは使えないので料理ができなくて、呆然としてたらタマネギから茶色い液体が出てくるなどのトラブルが発生したので食材を全部捨てた。ここ最近自分の家ではチョコクリスピーしか食ってない。そろそろアメリカ人になりそう。そういえば心なしか英語がうまくなってきた気がする。and、当然ながらお湯も完璧に出ないのでシャワーを浴びるたびにものすげぇ気合が必要になる。昼とか夜はまあいいとして、朝は地面にめり込むほど低いテンションから一気に滝に打たれる修行僧レベルまで元気にならないと到底冷水を浴びるなんてことできないので辛い。辛すぎてときどき風呂入らないまま客の家行ったりしてる。さすがに何とかしなきゃと思って先週の頭くらいにガス代を振り込んだんだけど、恐ろしいことに未だにお湯が出ない。一滴も出ない。どうなってんのこれ。ぜんぜん出る気配ないよ。